東京ディズニーランドを作った男

4月15日は東京ディズニーランドの開園日です。
開園日にちなんで、高橋政知氏のことを書いてみたいと思います。
高橋政知氏は、東京ディズニーランド実現の中心的役割を果たしました。
浦安沖の漁業補償、米ディズニー社との交渉、千葉県との調整や銀行融資交渉等
大変な苦労の末にディズニーランドを開園し、大成功へ導きます。

1999年7月、日経新聞「私の履歴書」に同氏の自伝が連載されました。
同氏の「私の履歴書」の最後の一節は以下の通りです。
 「だいぶ足腰が弱くなってきたが、いまでも園内(東京ディズニーランド)を歩いて
 みることがある。人々の楽しそうな笑顔を眺めるのが、今の私の一番の喜び
 である。」
 (高橋政知氏は2000年1月に亡くなられました。)
10年前の記事ですが、この一節が大変印象に残っています。

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