大阪と兵庫の由来

「大阪」は元々大坂といい、石山本願寺のあった上町台地の辺りをいいました。
標高は約45m(8階建てのビル)程あったそうです。
現在は大阪城になっています。

「兵庫」は大化の改新後の大和朝廷の武器庫をいいました。
ツワモノグラと読んだそうです。
須磨の関所が畿内と蛮地の境目だったわけですが、須磨関の武器庫が
「兵庫」でした。

住んでる場所や仕事をしている町の地名の由来がわかると、愛着を覚えます。
少し世界が広がったような気がします。

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